斧が折れる程堅い斧折樺から、人生の相棒が生まれる
オノオレカンバ
岩手が誇る斧折樺という非常に堅く貴重な木材を活かし、箸やスプーンなどのカトラリー・靴べら他、様々な生活道具を製作する工房兼店舗。滑らかな曲線が手になじみ、数年使える木べらも種類が多く、調理道具も人気。
プラム工芸
二戸市堀野字大川原毛74 0195-23-4883
休日10:00-17:00 平日10:00-17:30 (不定休、年末年始休み)
http://www.cplum.com/
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取材日 INTERVIEW 2018.11.28 ※施設情報、入荷状況や価格は取材時のものです。
非常に堅くきめ細やかなオノオレカンバでつくる、しなやかな生活道具
斧折樺(オノオレカンバ)は、その名前の通り、斧が折れる程、非常に堅い木材。斧だけではなく、通常の木材を切断する機械ですら、扱いが難しい。二戸市のプラム工芸は、その木材を使い、木工品の生活道具を製作している。全国版の雑誌などにも暮らしの良品として、頻繁に取り上げられる工房だ。
オノオレカンバは、標高500メートル以上の山肌に根を張り、1ミリ幹が太くなるのに3年かかると言われる木。そのため、木の繊維は緻密でキメ細やかで、堅くなる。過酷な環境で育ち、成長が遅いため、植林はあまりされていない。自然の中でも数は多くないため、大変貴重な木とされているそう。主な産地は、岩手と長野だけだ。その堅さ故に、加工が非常に難しいが、その分、曲線が多く、シャープなデザインが可能。使いやすく、手に馴染むものを製作することができるという。
直売店舗である「プラム工芸館」を併設した工房は、二戸駅から車で10~15分ほど。国道4号から少し入った馬淵川沿いにあり、車でのアクセスが便利。全国での展示会や催事も多い工房さんだが、直売店舗が常設なので、遠方から観光も兼ねていらっしゃるお客さんも多いそうだ。
今回、取材対応をしてくださったのは、長年、店頭にて働かれているスタッフの杉浦さん。オノオレカンバの知識も豊富で、商品1つ1つへの説明も詳しい。
店内には、様々な生活道具が溢れるが、最初に目につくのは、テーブルウェアやキッチン道具。
正しい箸の持ち方を導く五角箸、手に馴染み使いやすいターナー、昔から人気の靴べらや肩たたき
五角箸は、人気商品の1つ。箸先まで五角形になっており、指にぴったりと持ちやすく、麺なども滑りにくい。しかも、平らな部分に指を沿わせていくと、自然に正しい持ち方になる。使いやすい形を追求した結果、五角形になったそうで、箸が正しく持てるようになる、というのはお客さんに言われて気づいたことだそうだ。愛着を持って使ってほしい、と五角箸の名入れサービスは無料。お土産にも、贈り物にも使えて、他製品の名入れのサービスも、有料だが可能だ。補修も受付けており、子どもの頃に購入した箸を直しにくる方もいる。
ターナー(調理用木べら)は、杉浦さんのお勧め。手に馴染む感触で、薄く、水や汚れにも強い。修繕をしながら20年近く使えるものもあり、機能的なデザインが、日常的に使いやすいと人気。サイズや形状も種類があり、グッドデザイン賞を受賞したこともある。
木製スプーンというと、厚みのある感触を思う人も多いかもしれないが、これは薄く、滑らかで口に馴染む。木の強さと職人の業の結集である。
靴べらや肩たたきは、プラム工芸の昔からの人気商品
靴べらは、サイズや種類が様々。ロングタイプは、腰をかがめずに、立ったまま楽に靴が履けるような長さで、人気商品。携帯用の小さいサイズもあり、ちょとした贈り物におすすめ。
肩たたきは、とんとんと重みが心地よく、使うのに大きな力も必要ない。オノオレカンバは、水に沈むほどの重みがあり、その重みを活かした昔からの定番商品。クラフト展で入選したこともあるそう。
その他にも、使って心地よい商品が、店内に溢れる。
オノオレカンバ以外にも、国内外の銘木を使ったものもある。
五角箸の製作体験も、ここでは可能。大まかに箸の形に加工されたものを紙やすりで磨き、焼きごてで、名前やちょっとした模様を入れることができる。空いていれば前日まで予約OKで、一人から対応可能。親子でも体験可能だが、ちょっとふらっと一人旅でも立ち寄ることができる。
最後の仕上げがあるため、後日、郵送か店頭での引き取り。完成まで少し時間はかかるが、体験でも本格的な箸が手元に届くということで、好評だそうだ。団体の研修などに対応することも多いという。
標高500メートル以上の厳しい環境で、ゆっくりゆっくりと育つ木
製作工房は、店の裏手にある。案内していただく途中で目を引いたのは、積み重ねられたオノオレカンバ等の木材。仕入れてきた木材は、乾燥され、オノオレカンバの場合は、5年程は置くというから驚く。仕入れてきたものが、商品化され、作り手の収入になるまでには、かなりの時間がかかる。
オノオレカンバは、岩手では標高500メートル以上の北上山地にのみ生息している。人が住むような場所ではなく、崖のような、土もあまりないような厳しい環境に群生する。プラム工芸でも一度、植林をしたいと近隣の森に植えてみたことがあるそうだが、そこでは1本も育たなかった。「オノオレカンバは、少ない栄養でもゆっくりゆっくりと成長していく木。だから、逆に里山のような場所では、他の木の生育に負けてしまう。あえて他の木が育たないような厳しい環境を居場所として命を繋いできたんじゃないか、っていうことが20年かけてわかりました」。人間も木も同じ。成長の早い木も遅い木もある、それがいい悪いではない。見学や体験で出会う子どもや学生さんに、杉浦さんはそう話すのだという。
オノオレカンバを加工する、高い技術
特別に工房の中へ。
オノオレカンバは、非常に堅いため、通常の木工工房では取り扱われないほど、加工が難しい。大体の形までは、機械で加工をし、そこから先は手作業でまるで磨くように削る。やすり機のような機械も使うが、見ていると、それも職人さんの腕次第のようだ。それも最後は、手でやすりをかける。オノオレカンバという木だからできるデザインを、プラム工芸がこれまで培ってきた技術で作り上げる。
オノオレカンバはゆっくりと育つため、年輪が細かい。そのため非常に堅く、きめが細かく育つ。堅いが故に、細く薄く加工しても強度が保たれて、しなやかで滑らか。普通の木でも細く加工することは可能だが、使っているうちに潰れていく。オノオレカンバは角が保たれ、潰れにくい。だから使い心地が長く続く。
本当に生活の中で使いやすい、機能性をもったデザイン
デザインは、代表の込山さんが主に考案。お客様からの要望やスタッフの案を取り入れることもある。加工は難しいが、イメージしたデザインを表現しやすいという。デザインには、機能性を追求したこだわりがある。特に曲線。人の手や体にも直線はなく、曲線ばかり。だから、曲線を意識し、それが手に持った時のよく馴染む感覚に繋がる。
もちろん、ただ丸みを帯びたデザインでもない。平らな部分と、ふくらみのある部分、角の取り方、細部にこだわりがある。確かに見た目はシャープな感じもあり、でも、手に取ると馴染む。そして、使いやすい。「使いやすさ、とは皆が言いつつも、世の中のもの全てが、本当に使いやすいから、その形になっているわけではない、っていうこともある」と杉浦さんは言う。作りやすさ、効率性、見栄えが優先されることもある。もちろん、それら全てが悪いわけではなく、効率性が必要な時もある。けれど斧折樺だからこそできるデザインは、そうではない。
加工が難しく、現代では誰も手を出そうとしなかった木材に出会い始まった工房
今回、取材を受けて下さった杉浦さんは、代表の込山裕司さんご家族と昔からのお付き合い。知り合ってから、少しずつ仕事を手伝うようになり、正社員として働き始めてからは二十数年になるという。
代表の込山さんは、もともと自然やものづくりが好きで、自然にあるものを生かして何かをしたいという想いがあったそう。結婚を機に、関東から二戸へ移り住み、農業や酪農も考えたが、条件的に難しい。そこで、今度はバッティングセンターとカフェを始めつつ、何かものづくりを、と考え始めた。「どこかに勤めるんじゃなく、バッティングセンターとカフェをやるっていうのも、すごいと思う」と笑って話す杉浦さんの言葉には、取材スタッフも同意。
そんな中、オノオレカンバを扱う隣地域の材木屋さんに出会う。そこでは、オノオレカンバで、そろばん玉の元になる丸棒を製作し、西日本へ出荷していた。その材木屋さんで偶然出会ったオノオレカンバの端材の美しさに、込山さんは惚れ込んだ。「今は違うけれど数十年前は、よそ者に対して、どこの誰だ、みたいな扱いだったらしいです。地元の言葉も喋れないし。よくその中で、商売道具でもあるオノオレカンバのことを教えてくれたな、と思います」。とはいえ、その頃のオノオレカンバは、厄介者に近かった。産地へ行っても薪にも難しい木という扱い。加工は難しいし、木工品としての商品化など周囲で考えている人はいなかった。
「誰もやったことないから、そりゃ大変ですよね。誰に聞いても、それは知らねぇ、やめたほうがいい、そんなの道具の方が壊れて大変なんだ、と助言されたそうです」。地元には木工の機械屋さんもない。応援してくれる人はほとんどいなかったという。「社長は自分でやってみなければ納得しない人で、周りと違うことに抵抗がないというか」と長く一緒に働く杉浦さんは、笑う。「やめますよね、普通は。でも、それだけ木に惚れ込んだんでしょうね」。
今ではオノオレンカンバが、昔から重要な木材だったとわかっている。今のように身近に鉄鋼などもない時代。折れてはいけない船の櫓や、山から木をおろす時の馬そり等に使われ、人々の生活を支える木材だった。さらに、遡れば神事で使われる弓、「梓弓(あずさゆみ)」に使われていた。オノオレカンバは別名で「梓(アズサ)」という名も持ち、岩手では訛って、「アンチャ」と呼ばれることもある。
デザイン力とか、木の活かし方っていうのが、ちょうどマッチしたのかな、って思います
とはいえ、代表の込山さんも、当時はそういった歴史を知っていたわけではないそう。
それでも、オノオレカンバに関わり続けていると、少しずつ製材をしてもらえるチャンスやデザインについて学ぶ機会も得るようになった。けれど、加工の方法やデザインは、込山さんがイチから作り上げてきたものだ。現在は、一部自動化もしているが、当初は、全てが手作業だった。初期の頃の写真を見せていただきながら「この頃には、今のデザインの原形がほとんどできていましたから、社長のデザイン力とか、木の活かし方っていうのが、ちょうどマッチしたのかな、って思いますよね」。生活に必要なもののデザインが、一気に溢れるようにできていったのでは、と杉浦さんは言う。工房が本当に軌道に乗るまでは、バッティングセンター、カフェ、木工工房を同時に経営し、試行錯誤を続けられていた。今のように移住支援の制度もない頃、どれほどの苦労があったのだろうかと思う。
杉浦さんご自身も、バッティングセンターやカフェを手伝っていたこともあるそうだ。偶然が重なり、ここまで長く勤めてきたという杉浦さんだが、オノオレカンバを通して、出会いも広がった。今では、中学校の美術の教科書にも、プラム工芸の作品は掲載され、オノオレカンバや梓弓を研究している人や先生に出会うこともあるそうだ。「生涯かけて研究してる方とかもいらっしゃって。そういう人に会って初めて知ることも多いんですけど、すごい木なんだなぁって思うし、この木のことが好きですね」。
ちなみに、うまくいかなかったというオノオレカンバの植林には、続きがある。
お店の前に、1本だけオノオレカンバの立木がある。山に植林した苗木の1つを店の前に植えたところ、それだけが残った。「民俗学や歴史にも繋がっていて、大昔の人が特別な価値を見出していた木。当時の人々の暮らしも見えてくる。その知恵を今に繋げる橋渡しのような役割があるとしたら頑張っている意味もあるのかな、って最近は思うようになりました」。
これは、産地で育ったオノオレカンバの木。直径数センチほどだが、20年物の木だ。最近では、ホテルのクリスマスツリーのオーナメントも、希望があって製作したそう。
木の魅力、そのままのオーナメント。
普段使っているものから、自分が大事にしていることは何か、って考えるきっかけになることが多い気がする
デザインの原形は、既にあったとはいえ、機能性を重視したデザインの試行錯誤は今も続いている。
五角箸も昔と今では、角の取り方が違う。五角箸の後には、さらに箸の持ち方を意識した三角箸も生まれた。箸は意外に正しく持てていない人が多いし、持ち方を直したいと思っている人も多いそうだ。「やっぱり、生きていくうえで一番大事なのが、日々の生活ですもんね。日々の暮らしを丁寧に、家族や自分を大事に、とかそういう生活が見直されている時代ではあると思いますけど、その助けになればいいですよね」。プラム工芸の作品は、日常の生活の中で使うものばかり。メディアに取り上げられることも多いけれど、敷居が高いわけではない。「普段使っているものから、自分が大事にしていることは何か、って考えるきっかけになることが多い気がして。自分が手仕事のものを使っていると思うと、丁寧に暮らしたいっていう発想も自然に身につくかなと」。今では、親から子の世代へと引き継がれてきたお客さんも多い。成長と共にあった箸やスプーンを持って、家を巣立つお客さんもいる。日々の暮らしを大事にすること、そんな想いが受け継がれていけば、嬉しいと思うと杉浦さんは話す。
工房とつながる店舗には、一点ものやお買い得品が並んでいることもある。工房ならではの出会いをぜひ楽しんで。
取材日 INTERVIEW 2018.11.28 ※施設情報、入荷状況や価格は取材時のものです。