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実際の生活用具に学び、手仕事と自分のルーツに出会う

郷土の先人たちが生活の中で使っていた用具や民俗資料を展示。日本最古の酒自動販売機や漆掻き道具など今の工芸や手仕事に繋がる品も多く、現代の生活ルーツも見えてくる。博識なスタッフの話も興味深い。
二戸市歴史民俗資料館
二戸市福岡字長嶺80-1    0195-23-9120
9:00-16:30(休:月曜、祝日の翌日、年末年始)
[観覧料]大人 50 円
     小・中・高生 20 円
http://www.edu.city.ninohe.iwate.jp/~maibun/n-index.html

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ニノヘシレキシミンゾクシリョウカン

取材日 INTERVIEW 2018.11.16 ※施設情報、入荷状況や価格は取材時のものです

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漆、生活道具、最古の酒の自販機、九戸城、相馬大作や田中館愛橘など先人たちの資料館

二戸で、歴史、文化、昔の暮らしが話題に上がると、まず行ってみたら、と言われる場所がある。「二戸市歴史民俗資料館」。設立してから約50年。二戸市内の町中にあり、地元の方でも観光の方でも一人でも気軽に訪ねることができる。本館の展示室は一部屋だが、二戸市の歴史と文化がぎゅっと詰まっていて、隣の公民館にある別館まで含めると、かなりの資料数だ。

地域では有名人、取材を受けて下さった館長の菅原孝平先生は、「資料館というと、偉い人がいて、なかなか行きにくいイメージもあるかもしれないけれど、ここの敷居は全然高くありません」と笑う。ここは、人々の暮らし、人生の資料がある場所。

漆にまつわる資料。漆に限らず、暮らしの中で生まれた手仕事に関する資料も残る。

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国の重要科学技術史資料にも指定されている、現存最古の酒の自販機。

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日本の歴史年表にも、その名がのる「相馬大作」や、文化勲章を受章し、国際的に活躍した物理学者「田中舘愛橘」など著名な先人の資料。

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この時は、明治時代のテスト問題も展示。どうしてテスト問題がこんなに?と思ったところ、当時は西欧諸国に負けず、平等になろうと、学力に相当の力を入れていた時代。地方小学校のテスト用紙も、役所に提出され、保存されていた。中央政府からも視察が来たりしていたような頃。ちなみに孝平先生のお祖父さんのテストが、資料の中から発見されたらしい。

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まるで物語のように、残る資料から当時の生活や複雑な時代背景などがわかる

資料館の女性スタッフ、稲葉さんに別館も見せていただくと、所狭しと資料が並ぶ。昔の生活道具もかなり多く、ひとつひとつ見ていると、かなり面白い。時折、珍しい資料は、テレビなどメディアから問合せが来ることもあるらしい。

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現在は、盛岡で盛んなホームスパン。羊毛を染め、紡いだ織物で、二戸に在任していたイギリス人宣教師によって織り方が伝えられていたといわれる。

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升は、升専門の研究者の方がいらっしゃこともあるそう。「升に種類があるんだって初めて知りました」。他にも、特定のものに特化して探しに来る方は時折いらっしゃるらしく、「面白い方、いっぱいいらっしゃいますよ。見てるだけで幸せになる、って方もいました」と稲葉さんは笑う。「有難いですね」。

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箕や、藁で作られた道具。

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魚を捉える道具。山の中の二戸地域で。
 

これは、鮭を取る道具なのだそう。馬淵川にいた鮭を取るもので、船で出てつかまえるため、鮭に負けないように、しっかりとした作りになっている。「生きてく上で動物性のたんぱく質は重要だっただろうし。最初に獲った鮭は、庶民の口には入らなかったでしょうけどね」。地域の蔵から出てきたものだそうで、最初は何に使っていたのか、わからなかったそうだ。

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「珍しいものも多いんですよ」と話す稲葉さんは、安産を祈願する神様と言われる「子安様(コヤスサマ)」の資料を研究されており、地域外から興味を持たれる方も多い。

身近に感じてもらえれば、と毎回テーマを変えた講座を毎年続けている

資料館では、市民の方に身近に感じてもらえれば、と年5回の講座を15年以上開催。先人のこと、歴史、自然、人々の暮らしの文化と毎回テーマは変わり、現在は、県外から足を運ぶ方も多い。が、始めた当初の参加者は3人だった。孝平先生は「3人でも有難いことだった」と当時を振り返る。「やっていることがいいことであれば、口コミで続くと思って」。

 

今では、資料は多めに作成し、資料館を訪れた人も持ち帰ることが出来るようにしている。中には、申し訳ないと、入館料とは別に資料代を置いていこうとする方もいる程。「最近は、観光、という面も大きいので、ここにしかないものをお伝えできれば、来た方は喜ぶ」。来た方を大事にしたい。

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基本的に、館長の孝平先生と稲葉さんのお二人で、膨大な資料を管理し、研究をされている。「ここにいる、ということは、オールラウンドを見ないといけないので」。理系だ、文系だ、何が専門だ、とも言っていられない。各種イベントや資料の管理、研究などお忙しいが、来館者にはできるだけ、時間内で邪魔にならないよう、解説もされているそう。「座っていたら偉そうに見えるんだけど」と笑いながら、気さくにお話をしてくださり、取材中もお二人の冗談交じりの軽快な会話が飛び交う。

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「生きていた人たちが、自分の仕事、命を繋ぐためにやっていたんだから」

基本的に、資料は各施設や各家庭で残されたもの。その資料研究が主なお仕事。参考に資料の一つの書類を「読んでみて」と渡された。漢字が読めず、文章も見慣れずに、ごにょごにょしていると「日本語です」と笑って、近くの馬淵川の鮭に関する資料だと教えて下さった。今は、鮭とは縁遠い川だ。「自然豊かな二戸だというけれど、昔はもっとそうだった。子どもたちもそれを知れば、意識は変わると思う」。孝平先生が幼い頃は、ウナギも取れた川。稲葉さんも「昔の人は、美味しくて美味しくて、ってみんな言うっけね。得も言われぬ美味しさだそうですよ」という。テスト問題もそうだが、一つ一つの資料に深い背景がある。「生きていた人たちが、自分の仕事、命を繋ぐためにやっていたんだから。家族もいただろうし」。その証。「どこの地域であっても、昔の歴史があったから、今もある」。

よくこんな資料残ってますね、と取材スタッフ、のんきに呟いたら、「わざわざ残したの。みんな捨てちゃうんだから」と孝平先生に笑われた。資料を残していくことも、大変なことだそうだ。

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人気は、先人の資料。

「ここで命が繋がってきたから、自分も生まれてきたわけで」

人気があるのは、先人たちの資料。相馬大作や九戸政実が活躍した九戸城の歴史。幕末から明治にかけて、博士が多く輩出された地域でもあるそうで、「すごい人たちが生まれた場所。でもなかなか伝わってはいないですよね」。そのことを子どもたちにも伝えていけば、地域の誇りにもなる。ただ教科書を読んでも、誇りにはならない。孝平先生が「ここで命が繋がってきたから、自分も生まれてきたわけで」と呟いた。
 

「開拓者の多いアメリカでは、自分たちの土地を訪れたお客さんを、最初に地域の博物館や資料館に連れていくところがあるそうですよ。自分たちの先祖の誇り高い歴史がそこにある」。稲葉さんは実際に連れていってもらったそうで「感動しますよ。僕の祖先がここを切り開いたんですよ、って写真とか見せてもらって」。資料館でも、自分の祖先がここの生まれだと、訪ねてくる方がいるという。

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孝平先生は、驚くことにもともと理科の先生。退職後は、どこに勤める予定もなかったはずが、地域の方に求められて、館長に就いた。専門外の分野ではあったものの、「考えてみれば、二戸地域は化石の宝庫で、県内でも有数の場所。関係者にはよく知られていて、現職時代には関わっていたこともあったので」。有名な河岸段丘や化石など地質学的なことを、地域の先生たちと一緒に休日返上で調べ、まとめたこともあった。「ここには化石の資料もあるし、勤める意味はあるかもしれないと思って。いろんな面で、ものを調べるっていうのは、大好きだったので」。

来た人が、行ってよかったな、自分でも調べてみようかな、と思えたら最高

勤め始めてからは、伝える、ということに重点をおいてきた。「ここの昔の人たちの暮らしぶりや文化を、とにかく市民の方に還元していくという役割。それに尽きるんじゃないかな」。地域の小学生が授業の一環で訪ねてくることもある。資料は、地域の人には、当たり前のこと、いつもの暮らしのこと。けれど、子どもが学ぶ際、実際に現物を見て、触ったりすることは大事。「ここでそういうことを伝えることはすごく大事だなぁと思って」。

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地元の人もいれば、青森や岩手の沿岸部から訪れる方もいる。地域に興味を持ってもらえれば、その人がまた伝えてくれる。資料館での仕事は、サービス業でもあると孝平先生は言う。「来た人が、行ってよかったな、自分でも調べてみようかな、と思えたら最高でしょ。そんなことで、ここに座っているわけです。喜んでいただいて、帰ってから家族や子どもや友人にも話してもらえたら、御の字。そういうふうに思ってもらえるように、こっちが頑張らないといけない」。

そのためにも資料研究に最も時間を割く。「資料を置いて、どうぞご覧ください、というのは最低限のこと。どういう背景があったのかを理解してもらえるように、展示して、解説をする。伝わらなければ意味がないと思っているので」。教職時代から、教材に惚れなさい、というのがモットー。そうすれば、資料への疑問や伝える手段や表現への工夫がでてくる。

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お別れするときは、顔が変わっている

中には2~3時間滞在される方も。「そういう方は、他の地域も見ている方なので、あそこはこうだったよとか、資料にまつわる自分の経験を話してくださる方もいる。自分のことを伝えたい、っていう想いは誰にだってあるから。こちらは情報収集させていただいて」と孝平先生は笑う。様々な方が来館する。「入ってきて下さる時は、にこにこしては誰も入ってこないですよね。知らない場所だし、ここは何だろう、って。でも、お別れするときは、顔が変わっている。ほぐれた感じと言うか。御礼を言ってくれたり、また来るよ、って言ってくれたり」。

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今後について伺うと、「私、使用期限がもう切れているんですが」と冗談めかしながら、「やらなければならないこと、いっぱいありますよ」という。現在ある資料の研究。これから送られてくる予定の資料もあれば、最近は、資料を寄贈したい、という方も増えてきている。もっと地域の人にも知ってもらいたい。人口減少する集落の記録の保存。想いと裏腹に、動けていないことは山ほどあるという。

地元の方でも、観光の方でも。歴史を知りたくなったのでも、ただちょっと気になってふらっとよるのでも。

 

きっと、ここには地域が違っても、自分に繋がる何かがあるはず。今と同じように、誰かが、時には必死に、時には面白く、生きてきた記録。

 

資料館を出るときには、少しだけ、気分が軽くなっているかも。

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取材日 INTERVIEW 2018.11.16 ※施設情報、入荷状況や価格は取材時のものです

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